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柘植が席に戻ってくると、新しい飲み物で喉を潤し、そして反対に訊いた。
「お前は大丈夫なのか? あの・・・木村だっけ? ちょっとストーカー入ってないか、あいつ?」 「・・・・・」 ミチルは自分の口に含んだものを時間をかけて飲み込み、目を少し泳がせて俯いた。 「・・・ストーカーか。そうか。そう言うのか」 「ちょ、待て。今気付いたのか?!」 柘植が驚く通り、ミチルは現在一緒に暮らしている男の執着が激しいと思っていたが、それが世間的にどう見られるのかを初めて気付いたのだ。 「ああいうのをストーカーって言うんだな」 「ちょっと・・・待て」 納得したミチルに、柘植は目を据わらせていた。 「お前もしかして、ストーカーに気付いてなかったとか言うなよ?」 「気付くって、なんだ?」 不穏な雰囲気の柘植に、ミチルはどうしたんだと言うように目を瞬かせた。 柘植はマジか、と大きくため息を吐いて、額を覆う。 「お前、大学の時からすでにどれだけの人間に付きまとわれていたと・・・」 「付きまとわれて? 俺が? いつ?」 ミチルは友人が少ない。 柘植と付き合うようになって、その範囲は少し広がったくらいで、やはり基本的に少ない。 それで不満はなかったし、困ったこともなかった。 「ストーカーってのは、本人の知らないところから付きまとってるヤツのことだよ! 俺だって何人処理したか・・・」 「処理?」 何故かひどく落ち込んだように見える柘植に、ミチルはそれはなんだと首を傾げる。 柘植は深くもう一度息を吐いて、 「直接手を掛けそうなヤバイやつだけだけどな。ちょっと二度と近づかないように・・・」 「・・・・・」 ように、何をしたのだ。 しかしミチルは敢えてそこは聞かないでおいた。 どうやら昔からいろいろとお世話になったようだ。 「・・・悪い」 ミチルとしてはそういうしかない。 それを受けて、柘植は何かを吹っ切ったように爽やかに笑った。 柘植はその笑顔がとても似合う。 周囲を明るくする笑顔が、とても好きで惹かれたのだ。 「まぁいい。今はあの男が苦労しているってことだろう」 しかしそう続けた柘植の笑顔はどこか人の悪いものになっていた。 「・・・何をだ?」 柘植の言うあの男が、誰を指しているのかはミチルにもわかったが、何の苦労なのか、どうしてそんな言葉が出るのか、脈絡がなくて理解出来ない。 柘植は隣に座るスーツを着た男を、改めて美人だと思う。 スーツを着ていなくても女性に見えるわけではないのだが、その辺の女性モデルが隣に並んでも、軍配はミチルに上がりそうなほど、美人だと誰もが思うだろう。 本人がそれにまったく無頓着なものだから、なおさら自然に目を惹くのだ。 作られたものではない、美しさというのは、本当に綺麗だと思う。 柘植はサラリとした頬に触れ、記憶に残る感触とまったく変わりがないことに笑った。 「いや、相変わらず美人だってことだ」 「・・・柘植、大丈夫か?」 面白そうにそんなことを言い出す男に、ミツルは目を眇めた。 30代に乗った頃から、柘植はさらにいい男になった。 脂の乗った、とはこういう男を言うのだろう。 仕事にしてもプライベートにしても、充実していて、その自信が溢れているのがよく分かる。 未成年の子供に夢中になっているとは傍目からは見えず、さぞモテることだろう。 昔はとてもやきもきしたものだとミチルは幼い嫉妬を思い出した。 頬に触れる体温は、その記憶と変わらない。 お互いにその目を見つめて、それから同時に笑った。 「変わらないな、ミチル」 「柘植だって、変わらない」 その呼吸を良く理解していた。 何もなかったようにまたカウンタに向かい、飲み始める。 この変わらない空気が、とても好きだった。 今までの人生で、かなりの長い時間を過ごした相手だった。 この先の時間の、過ごすときが違っても、過ごした時が消えるわけではない。 慣れたペースでもう少し時間を過ごし、再会して2時間ほどで別れるまで、穏やかな思い出の中にある空気を微睡むように笑っていた。 つづく PR |
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