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改めて気づいた。
大人のように、大人だから、お互いの生活を大事にして、あまり干渉しないような付き合いは、ミチルには足りなかったのだ。 相手のことを考えて、大人でいようとしたが、結局いつも不安があった。 自分と付き合っていて良いのか、不安で堪らなかった。 それを一転させたのは、目の前の男だ。 一般的にはストーカーという、犯罪と呼ばれるほどの想いが、ミチルは欲しかったのだ。 「どういう意味です?」 理解不能という顔を顰めるレキフミは、不機嫌だ。 その不機嫌な顔を見つめたまま、ミチルは笑った。 「俺は、君の気持ちが嬉しいらしい」 素直な言葉がするりと零れたのは、やはりミチルは少し酔っているのかもしれない。 そしてミチルは、今までで一番驚いた。 眼鏡の奥の瞳は、驚いて見開き、そして何の前兆もないまま、透明な雫を零した。 あまりに綺麗で、それが涙だと理解するまで時間がかかったほどだ。 「・・・レ、キ、フミ・・・?」 突然で、何の前振りすらなく、ましてこのひどい男と涙というのがまったく繋がらず、ミチルも驚いた。 ミツルの呆然とした声に、レキフミも気付いたように眼鏡を押し上げ手で目を覆う。 「チッ・・・クソ、マジかよ・・・」 舌打ちに続いて、口の悪い言葉が続く。 それはミチルに対してではないことだけは解る。 涙はすぐに止まったのか、もう一度レキフミは強くミチルを睨みつけてくる。 「あんたは本当に、俺を狂わせてくれますね?」 「何?」 「俺がストーカー? そうさせたのはミチルさん、あんたでしょうが」 睨んでみても、眼鏡の縁にかかる目元が赤い。 ミチルはそれに笑った。 「君、目が赤いよ」 レキフミは機嫌が悪そうにその目を眇めた。 「君?」 指摘よりも、呼び方が気に入らないらしい。 まったく変わらないなとミチルは目を細めた。 「レキフミ、目が赤い」 「ミチルさんのせいですよ。あんたはもっと、赤くしてあげます」 覚悟はできていますよね、という声は、唇の中に消えた。 出来上がったばかりのテーブルの上の料理が冷める頃には、すでにミチルの目の方が赤くなっていた。 苦しいと解放も何度も願ったが、ミチルはそれが欲しかったんだ、と心が満ちるのを感じる。 ストーカーまがいの男もヤバイが、それが嬉しいと思う自分も充分おかしくなっていると笑った。 おわり ****** この小話は、レキフミを泣かせたいという目的のために・・・ あーすっきり! PR |
ミチルが家に着くと、窓から明かりが漏れていた。
腕時計を確かめて、今日は早番だったかと気付く。 基本定時から定時のサラリーマンのミチルと違い、同じ家に住みついた男はシフト制で不規則だった。 そのシフトも、ある程度決まっているようなのだが、ミチルには覚えられない。 玄関を入ると、キッチンの方から香ばしい香りがした。 寄ってきた居酒屋で香ったような、アルコールを誘う香りだ。 キッチンを覗くと、出来上がった料理と缶ビールをテーブルに置くレキフミがいた。 「お帰りなさい、ミチルさん。早かったですね」 飲んで帰るとメールした内容は確認したのだろう。 遅くなると思い、自分も飲もうとしたのかもしれない。 「ああ。ちょっと飲んだだけだから」 ネクタイを解いてジャケットを脱ぐと、すぐに長い手が伸びてそれらを取られる。 別に世話を焼いてもらうような歳でもないのだが、なぜかレキフミはミチルのことに関してすべてに関わろうとする。 もしかして、これがストーカーというものか。 ミチルは今日初めて知った存在にふと目を細めた。 「どうしたんですか?」 突然笑ったミチルと訝しく思ったのか、レキフミがジャケットを皺にならないようにとりあえずソファに畳み戻ってくる。 決して低いわけではないミチルより背の高い男を見上げ、ミチルは改めて感じた。 「いや、ストーカーってこういうものなんだなと思っただけだ」 「・・・は?」 太い縁のある眼鏡の奥の目は、いつもまっすぐにミチルを見ている。その視線にも、そろそろ慣れた。 今は珍しく驚いたような目をしているのが面白くて、ミチルは笑った。 「ストーカーなんて、俺には関係ないと思っていたんだが、君がそういうものらしいって今日聞いたから」 「・・・誰にですか」 レキフミの声が低くなった。 ミチルは気付いたが、少し酔いが回っているのかあまり気にしないまま答える。 「柘植だよ。今日たまたま、会ったから」 だから飲んで帰ったのだ。 「あの人と? 飲んだんですか? 二人きりで?」 質問攻めの勢いのまま、腕を強く掴まれる。 ミチルはいったいどうしたんだと見上げた。 「居酒屋だから二人きりというわけじゃないが・・・ほかに知り合いはいなかったな」 「ミチルさん、俺にケンカを売っているんですね?」 何を莫迦なことを、と呆れたが、レキフミの目は真剣だった。 「突然なんだ・・・」 「突然? そりゃ突然でしょうね。ミチルさんはいつも突然俺を怒らせるんですから」 今、いったいどこでレキフミを怒らせたのか、ミチルには解らない。 しかし、この重いほどの気持ちを押し付けられるのは、レキフミに出会ってから常にあるものだった。 だから少し、慣れたようにも思う。 だから少し、冷静に見つめられるようになった。 始めはこの視線が怖かった。 初めて恐怖を感じるほど、気持ちを押し付けられたのだ。 そして苦しいほど、縛られた。 ミチルのことで、本当にレキフミが知らないことはないのかもしれないと思うほどだ。 しかし、その恐怖を、ミチルは今普通に受け止めた。 受け止めることができた。 「そうか・・・俺は、それが欲しかったんだな」 つづく |
ウヅキをもう一度抱き上げ、床に座りその膝の上に抱える。
「何が嫌だった?」 涙を拭い、出来るだけ優しい声で問うと、泣いたことが恥ずかしいように、ウヅキは顔を背けようとする。 「な、なんでもないから、大丈夫」 「言っとくが、言うまで放してやらないからな」 柘植は子供のそんなごまかしを受入れるつもりなどない。 悪い大人だと知っているが、人の悪い笑みのままでいると、ウヅキは少し躊躇いがちにも諦めたようだ。 「・・・なんか、わ、わかんないけど、何となく、なんだ」 「何が?」 「・・・ナナさんと、ミチルさんが、一緒にいるとこ・・・考えたら、なんでか」 自分でもびっくりした、と無理やり笑って見せる顔は、幼いものに見えず、さらに柘植の心を苦しくさせる。 「・・・馬鹿だな」 そして熱くさせる。 その想いのまま、顔を寄せ唇を奪った。 最初から舌を潜り込ませ、荒々しく絡める。 少し戸惑っているような反応を奪うように、強く口腔を探る。 「ん・・・っふぅ、んっ」 来るしそうな呼吸が、艶を含んだものに変わるまで、柘植は止めなかった。 それからようやく唇を解放すると、濡れた唇と潤んだ瞳をした表情からは子供のものはなく、大人を惑わせる色香だけを纏わせていて、柘植を苦笑させる。 この変化は、もう誰にも見せたくない。 今までウヅキに触れた相手を想像すると、今でも凶暴なものが湧き上がる。 それを欲情に代えて、目の前の相手にぶつけてしまうのは大人げないと思いながら止められない。 そしてウヅキの感じた不安に、どこか暗い悦びを感じる。 「ミチルとは、友達みたいに飲んだだけだ。それに、お前に会いたくなって早く帰ってきたんだぞ?」 ミチルも長居するつもりがなかったのはよく解る。 お互い相手に捕まっているなと笑うしかない。 「ナ、ナナさん・・・」 少し驚いて、そしてさらに顔を赤くしたウヅキに、柘植はもう一度キスをした。 「もっと呼んでくれ」 そういえば、結局ミチルは柘植を名前で呼ぶことはなかったのだ。 少し幼さの残る声で、甘い声で、柘植はもっと呼ばれたい。 自分を求めてもらいたい。 この新しく、暖かく苦しい、複雑な感情を、抑えることなく発散したい。 「ナナさん、ナナさ・・・んッ」 縋るように伸びた手を背中に回させ、ラグを敷いた床に倒れ、深く絡んだ。 早くに帰ったお蔭で、夜は長い。 柘植はまた人の悪い笑みを浮かべた。 つづく 次はミチルのターン |
駅でミチルと別れ、ほどよい酔いを持ったまま柘植は真っ直ぐに家に帰った。
自分で鍵を回してドアを開けると、その音に気付いたのか部屋からまだ幼いような少年が出てくる。 「お帰りなさい。早かったね」 出迎えながらも、少し緊張しているように一定の距離を保つのは、今まで一緒に住んでいても変わらない。 同じ朝を迎えても、夜帰る頃にはまたリセットされているようだ。 初々しいと言えばそうかもしれないが、まだ完全に手懐けられていないと思うと、柘植はまだ気が抜けなかった。 「ただいま」 柘植はその一言で距離の一歩を埋め、すっぽりと腕に納まってしまうウヅキを抱きしめる。 「な、ナナ、さん・・・っ?!」 驚いたように固まった身体が、強い抱擁から逃れるように腕の中でもがく。 それを柘植が許すはずはなく、もっと絡ませて密着させた。 細い身体を確かめるように手で撫で回し、柔らかい場所はついでのように確かめて揉んで、しっかり満足してからウヅキを解放した。 最後にその額にキスを残すのも忘れない。 ウヅキは支えを失うとそのまま床にへたり込む。 真っ赤な顔で柘植を睨んでくるのを、嬉しそうに受け止めた。 「ナナさん・・・っ」 「なんだ? 運んでほしいのか?」 「・・・ばかっ」 軽く握った手が向けられて、ようやく柘植はウヅキとの距離を埋められたと安堵して受け止めるのだ。 言った通り、軽い身体を子供のように抱き上げてリビングまで運ぶ。 その間さらに恥ずかしそうにもごもごと文句を告げるウヅキの声は気にしない。 リビングのテーブルで、勉強していた痕跡の前に座らせて、柘植は水を飲むためキッチンに回りグラスに水を入れる。 「今日、飲んでくるって言ったのに、早かったね」 水を飲み干して、柘植は時間を確かめる。 確かに、会社の飲み会や接待などでは午前様になることもある。 それを考えれば、とても早かった。 「ああ。ミチルと飲んでたからな」 もともと、お互いつぶれるほどの深酒はしない。 さらにあまり遅くなると、ミチルの新しいストーカーのごとき男が迎えに現れそうだ。 柘植はそんな想像が簡単にできて笑った。 ミチルも大変なものに捕まったものだ。 ストーカーに惚れられるという苦労を、正確に理解しているとは言い難いのだが、周囲に流されるようでいて、実のところミチルは頑固だ。 自分が嫌だと思うことは、本能的に避ける。 だからあの男と一緒にいることが、ミチルにとっては良いことだと解る。 ストーカーに頑固者だ。これからもいろいろあるだろうが、案外うまくまとまるのだろう。 まとまりたいと思う意思がある。だから相反する相手と一緒になれるのだ。 柘植は嫌いで別れたわけではない相手の未来に笑って一息ついて、改めてリビングを見て驚いた。 「・・・っどうした?!」 テーブルに向かったまま、ウヅキは静かに泣いていたのだ。 柘植が傍に来て慌てて、泣いたことにびっくりしたようにウヅキも目を瞬かせる。 「あ・・・べ、別に、なんでも、ないよ」 「何でもなく泣くのかお前は。俺の心臓を何でもなく止めるな」 柘植は強く、流れる涙の痕を拭う。 本当に困る。 柘植の呼吸は、ウヅキの涙ひとつで本当に止まるのだ。 苦しくて溜まらない。 傍にいて、笑っていても、次の瞬間にも同じとは限らないと不安になって、常に心配になる。 こんなに心を乱されるのは初めてだった。 ミチルとの付き合いを、偽りだった言うことはないが、この新しい想いのほうが、苦しくてどうしようもなくなる。 新しく生まれた恋に、恐らくずっと柘植は振り回されることだろう。 それでも柘植は、ウヅキを手放すことなど出来ないのだ。 もし気持ちが落ち着いて、穏やかな時間を過ごす未来があったとしても、それを作るのは柘植だ。 この、未だに気を抜くと大人の男を戸惑わせて慌てさせるウヅキの、この先の気持ちを作るのは自分だと、傲慢にも思われるような感情を、柘植は他の誰にも譲るつもりはない。 つづく |
柘植が席に戻ってくると、新しい飲み物で喉を潤し、そして反対に訊いた。
「お前は大丈夫なのか? あの・・・木村だっけ? ちょっとストーカー入ってないか、あいつ?」 「・・・・・」 ミチルは自分の口に含んだものを時間をかけて飲み込み、目を少し泳がせて俯いた。 「・・・ストーカーか。そうか。そう言うのか」 「ちょ、待て。今気付いたのか?!」 柘植が驚く通り、ミチルは現在一緒に暮らしている男の執着が激しいと思っていたが、それが世間的にどう見られるのかを初めて気付いたのだ。 「ああいうのをストーカーって言うんだな」 「ちょっと・・・待て」 納得したミチルに、柘植は目を据わらせていた。 「お前もしかして、ストーカーに気付いてなかったとか言うなよ?」 「気付くって、なんだ?」 不穏な雰囲気の柘植に、ミチルはどうしたんだと言うように目を瞬かせた。 柘植はマジか、と大きくため息を吐いて、額を覆う。 「お前、大学の時からすでにどれだけの人間に付きまとわれていたと・・・」 「付きまとわれて? 俺が? いつ?」 ミチルは友人が少ない。 柘植と付き合うようになって、その範囲は少し広がったくらいで、やはり基本的に少ない。 それで不満はなかったし、困ったこともなかった。 「ストーカーってのは、本人の知らないところから付きまとってるヤツのことだよ! 俺だって何人処理したか・・・」 「処理?」 何故かひどく落ち込んだように見える柘植に、ミチルはそれはなんだと首を傾げる。 柘植は深くもう一度息を吐いて、 「直接手を掛けそうなヤバイやつだけだけどな。ちょっと二度と近づかないように・・・」 「・・・・・」 ように、何をしたのだ。 しかしミチルは敢えてそこは聞かないでおいた。 どうやら昔からいろいろとお世話になったようだ。 「・・・悪い」 ミチルとしてはそういうしかない。 それを受けて、柘植は何かを吹っ切ったように爽やかに笑った。 柘植はその笑顔がとても似合う。 周囲を明るくする笑顔が、とても好きで惹かれたのだ。 「まぁいい。今はあの男が苦労しているってことだろう」 しかしそう続けた柘植の笑顔はどこか人の悪いものになっていた。 「・・・何をだ?」 柘植の言うあの男が、誰を指しているのかはミチルにもわかったが、何の苦労なのか、どうしてそんな言葉が出るのか、脈絡がなくて理解出来ない。 柘植は隣に座るスーツを着た男を、改めて美人だと思う。 スーツを着ていなくても女性に見えるわけではないのだが、その辺の女性モデルが隣に並んでも、軍配はミチルに上がりそうなほど、美人だと誰もが思うだろう。 本人がそれにまったく無頓着なものだから、なおさら自然に目を惹くのだ。 作られたものではない、美しさというのは、本当に綺麗だと思う。 柘植はサラリとした頬に触れ、記憶に残る感触とまったく変わりがないことに笑った。 「いや、相変わらず美人だってことだ」 「・・・柘植、大丈夫か?」 面白そうにそんなことを言い出す男に、ミツルは目を眇めた。 30代に乗った頃から、柘植はさらにいい男になった。 脂の乗った、とはこういう男を言うのだろう。 仕事にしてもプライベートにしても、充実していて、その自信が溢れているのがよく分かる。 未成年の子供に夢中になっているとは傍目からは見えず、さぞモテることだろう。 昔はとてもやきもきしたものだとミチルは幼い嫉妬を思い出した。 頬に触れる体温は、その記憶と変わらない。 お互いにその目を見つめて、それから同時に笑った。 「変わらないな、ミチル」 「柘植だって、変わらない」 その呼吸を良く理解していた。 何もなかったようにまたカウンタに向かい、飲み始める。 この変わらない空気が、とても好きだった。 今までの人生で、かなりの長い時間を過ごした相手だった。 この先の時間の、過ごすときが違っても、過ごした時が消えるわけではない。 慣れたペースでもう少し時間を過ごし、再会して2時間ほどで別れるまで、穏やかな思い出の中にある空気を微睡むように笑っていた。 つづく |