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美沙子は自分が美しいことをよく知っていた。 美しさゆえ見られることも慣れているし、褒め称えられることも慣れている。 美沙子にとって美しくあるということは生きるということだった。 美しくあれば誰より自由で、そして優雅に生きられた。
様々な人間が出入りしている場所で、人目を引いている人間を見つけた。 着ているものはどこにでもあるようなグレイのスーツだ。 背は日本人の標準よりは高いが、どこにでもいるような男に見えた。 しかし見られていた。 見られている本人は、慣れているのかそれに気付いていないのか―― 普通の男であるはずなのに、注目を浴びているのはその美しさゆえだった。 確かに男にしか見えないはずなのに、同性でも息を飲むほど美しい。 慣れなければ見とれてしまうこともあるだろう。 待ち合わせをしているのか、男は何度か時計を確認して そのうちに、男は美しい顔を歪めるように表情を変えた。 喜んでいるのか、悲しんでいるのか、判断出来かねる顔だ。 自分で自分の気持ちがまとまっていないからそんな顔になるのだと、 待ち合わせの相手が目の前に立ち、男は元通りの美しい顔に戻った。 しかし戻ったように見せているだけで、内心は不安と喜び、 待ち合わせていた相手はさらに背の高い男で、まだ若いようだ。 態度は落ち着いているものの、選んでいる服装もカジュアルなもので、 おそらく、美しい男よりも自分に似合うものを知っているのだろう。 「馬鹿な子」 美沙子は細い指先に細いシガーを挟み、ゆっくりと紫煙を吐き出した。 呟いた声は艶の良い唇から零れる煙に混ざり、
ただ美しくあることを、隠すこともしなかっただけだ。 高いヒールに包まれた足先から、後ろでまとめ右肩にゆるく 光沢のあるワンピースは膝下までの長さがあったが、 美沙子が優雅に足を組むと、どきりとしながらも思わず見てしまうほどだった。 肌は瑞々しく、黒子のひとつもその身体にはないように見えた。 若く見えるが、20代には見えない。 かといってそれ以上年を取っているようにも見えない。 年齢不詳の美しい女が、美沙子なのだ。 美沙子が出産経験があると言っても、やはり誰も信じないだろう。
子供を産んだとき、美沙子は子供が自分と同じようには 不器用な父親のせいかもしれない。 不器用さゆえ、たった一度のセックスだったけれど、 だから子供に、その人生そのものを予測して名前を付けた。 どうやら美沙子の予想は外れることなく、せっかくの美しさを
若い男が、上品なスーツに身を包み美沙子のテーブルに寄り、 「ああ、ロビーで僕も見たよ。とても綺麗な男性がいたんだ。 「息子よ」 美しい唇からはっきり答えた美沙子に、相手はとても楽しいことを 「面白い冗談だね。さぁ、そろそろ時間だよ」 上流階級に育ち、上等な男になるだろう相手は、しかし若かった。 美沙子があと何年かで半世紀生きているという事実も、 「馬鹿な子」 灰皿にシガーを押し付け、最後の紫煙を吐き出しながら呟いた言葉を、 美沙子はもう一度答える代わりに、手を取るように差し出し艶然と笑った。 それだけで相手は満足していた。
それまで予想していたことを間違っているとは思わなかったが、
美しく散ることが、その総て
華開くときよりも、散るときが美しくあればいい お前の名前の通りに――ミチル
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