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「はぁ? ヒヨコに似てるって言われた? 誰に」 来客のチャイムを受けて玄関の鍵を開けると、春則は誰かと 携帯で話しながら中へ入ってきた。 シャワーを浴びたばかりだった繕はタオルで頭を拭きながら 気にしないで部屋へ戻る。 後から入った春則が鍵を閉めてくるだろう。 遠慮もなく声のトーンも落とさず話すので、繕の耳にも話しが 聴こえる。 気にしない相手なのだろう。 「ああ――まぁ確かに、ピヨピヨ言ってるっつーかその誰かの 言いたいことは解かるよ。え? 怒るなよ、本当のことだろ」 繕は笑っている春則に、その相手を何となく想像できた。 おそらく――成人しているくせに可愛いだけの生き物だと 春則の言葉がその通りだと思うキナだ。 「んで誰に言われたって? 弁護士さん?」 春則の声がおもしろがっているのが解かる。 ほぼ水分を取った髪の毛にもういいだろう、と繕はタオルを取って 髪を手で後へ流す。 春則の視線が一度繕へ向いて、ドライヤーは、と言っているのが 見えたが、面倒くさいので放っておいた。 「は? 超箱入りのお嬢さん?」 考えるような春則は、少し間を置いて眉根を寄せた。 「・・・いや、そのお嬢さんとお前の接点がまったく見えねーと思って。 まぁいいや。今度紹介しろよ。え? そのお嬢さんをだよ・・・なんだよ 取って食ったりしねぇよ」 信用ならない。 春則の顔を見れば誰もがそう言うだろう。 付き合いの長いキナも声だけで解かったはずだ。 そのうちに、春則は笑いながら通話を切った。 「――んで、気になってたんだけど、それなに?」 電話を終えた春則が、指差したのはリビングに置いてあった ダンボールだ。 仕事関係の書類が広がっているのはいつものことでも、 箱なんて見たことがないのだろう。 「チョコレート」 繕が冷蔵庫からよく冷やしたワインを取り出しながら答えると、 春則は驚いてその中をそっと覗いてみていた。 確認したって言った通りのものしか入っていない。 「・・・これ、あんたの戦利品?」 「そんなわけあるか」 ひとりで貰うにしては、量が多すぎる。 ダンボールはゆうに子供が入れるほどの大きさだった。 「俺のもあるが、同僚や知り合いからのが入っている」 「なんで?」 春則の疑問も最もだろう。 「叔父がいるのは前に言っただろう。その叔父に送る」 「なんで?」 子供みたいに同じことを繰り返すのはどうなんだ、と繕は 思いながらも素直に教えてやる。 「叔父は施設で働いてるんだ。お菓子を送ると喜ぶから、 ついでに俺も貰ったものの処分に困らずに済むから 毎年送っている・・・なんだ」 今の説明に何もおかしなところなどなかったと思うが、 春則はさっきよりも驚いて、そして理解できないと顔を顰めた。 どんな反応だ、それは。 繕もそれに意味が解からず目を顰めると、春則は思考を 止めたように表情も困惑させた。 「いや・・・今あんたが、そこにいるのを想像して・・・ぜんっぜん、 似あってねぇ、と思って。まぁ叔父さんだもんな、あんたと 血は繋がってても一緒の人間じゃねぇよな。うん。いや、あんた らしいよ、そういう慈善行為――」 「叔父は俺と5つしか離れていない。第三者に言わせると、 兄弟のように似ているらしい」 春則の声を遮って告げる。 誤解される前に正確な情報を教えてやったのに、春則はさらに 驚いたままで、凍ったように止まった。 それから額を押させて唸っていたが、数秒して気持ちを切り替えたのか 考えないことにしたのか、繕の手に視線を向ける。 「それ、なんだ」 「ワイン」 「そりゃ見りゃわかる。なんでそれなんだって聞いてんだよ」 日本全国的に、甘いものが飛び交う日、春則に飲むから付き合えと 言って部屋に呼び出したのだ。 今更、改まって何かを渡そうとも思わないが、こんな日に会おうと 言われれば吝かではないはずだ。 「よく知らないが、ひとつだけは自分で食べろと言われたんだ。 せっかくだからお前も付き合え」 「なに、俺は酒じゃなくチョコを食いにここまで来たわけ? しかも 自分のじゃないチョコを?」 「お前宛てでもあるらしいから黙って食え」 「誰だよ?」 相手は、と言い募る春則に繕はワインをグラスへ注ぎながら その箱を指す。 「・・・ああ」 「知ってるのか」 何か納得した春則に、グラスをひとつ渡す。 「直接は知らないが、誰かがお世話になってる人だろ」 「・・・曖昧な言い方だな」 「まぁいいじゃん。この人のチョイスは悪くない」 春則がそう言うのならその通りなのだろう。 繕はあまり気にしなかったが、オレンジ色の箱から小さく 飾られたチョコレートをひとつ摘んで口に入れた。 それからすぐにワインを傾ける。 「あんた、それじゃチョコの味わかんねぇじゃん」 笑う春則に、繕は忘れずに伝えることにした。 「お返しを考えておけよ」 「誰が?」 「お前が」 「ひとりで?」 「俺をあてにするな」 「それ、偉そうに言うことじゃないから」 いつものように言葉を交わしながら、この分なら春則に 任せてしまってもいいだろう、と繕は勝手に予測していた。 こうして、今年も甘い日が過ぎて行った。 *** 透子さんへ。 チョコレートありがとうございました! お礼にもなりませんが、ひとつ! ちなみに、くれると言った旭陽くんはくれませんでした。 自分で買ったチョコを自分で食べて太るがいい。 勉強をしていると、部屋の掃除をしたくなるとか本を読みたくなるとか いろいろありますよね。 それって年齢関係ないと思うんです。 私も同じく。 勉強をしていると――なぜか書き物がしたくなって! そのうちに、ブログで更新する短編が出来上がりそうです。 また待っててやってください。 (勉強しろよ、と自分でも思いますが、それはそれ) |
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美沙子は自分が美しいことをよく知っていた。 美しさゆえ見られることも慣れているし、褒め称えられることも慣れている。 美沙子にとって美しくあるということは生きるということだった。 美しくあれば誰より自由で、そして優雅に生きられた。
様々な人間が出入りしている場所で、人目を引いている人間を見つけた。 着ているものはどこにでもあるようなグレイのスーツだ。 背は日本人の標準よりは高いが、どこにでもいるような男に見えた。 しかし見られていた。 見られている本人は、慣れているのかそれに気付いていないのか―― 普通の男であるはずなのに、注目を浴びているのはその美しさゆえだった。 確かに男にしか見えないはずなのに、同性でも息を飲むほど美しい。 慣れなければ見とれてしまうこともあるだろう。 待ち合わせをしているのか、男は何度か時計を確認して そのうちに、男は美しい顔を歪めるように表情を変えた。 喜んでいるのか、悲しんでいるのか、判断出来かねる顔だ。 自分で自分の気持ちがまとまっていないからそんな顔になるのだと、 待ち合わせの相手が目の前に立ち、男は元通りの美しい顔に戻った。 しかし戻ったように見せているだけで、内心は不安と喜び、 待ち合わせていた相手はさらに背の高い男で、まだ若いようだ。 態度は落ち着いているものの、選んでいる服装もカジュアルなもので、 おそらく、美しい男よりも自分に似合うものを知っているのだろう。 「馬鹿な子」 美沙子は細い指先に細いシガーを挟み、ゆっくりと紫煙を吐き出した。 呟いた声は艶の良い唇から零れる煙に混ざり、
ただ美しくあることを、隠すこともしなかっただけだ。 高いヒールに包まれた足先から、後ろでまとめ右肩にゆるく 光沢のあるワンピースは膝下までの長さがあったが、 美沙子が優雅に足を組むと、どきりとしながらも思わず見てしまうほどだった。 肌は瑞々しく、黒子のひとつもその身体にはないように見えた。 若く見えるが、20代には見えない。 かといってそれ以上年を取っているようにも見えない。 年齢不詳の美しい女が、美沙子なのだ。 美沙子が出産経験があると言っても、やはり誰も信じないだろう。
子供を産んだとき、美沙子は子供が自分と同じようには 不器用な父親のせいかもしれない。 不器用さゆえ、たった一度のセックスだったけれど、 だから子供に、その人生そのものを予測して名前を付けた。 どうやら美沙子の予想は外れることなく、せっかくの美しさを
若い男が、上品なスーツに身を包み美沙子のテーブルに寄り、 「ああ、ロビーで僕も見たよ。とても綺麗な男性がいたんだ。 「息子よ」 美しい唇からはっきり答えた美沙子に、相手はとても楽しいことを 「面白い冗談だね。さぁ、そろそろ時間だよ」 上流階級に育ち、上等な男になるだろう相手は、しかし若かった。 美沙子があと何年かで半世紀生きているという事実も、 「馬鹿な子」 灰皿にシガーを押し付け、最後の紫煙を吐き出しながら呟いた言葉を、 美沙子はもう一度答える代わりに、手を取るように差し出し艶然と笑った。 それだけで相手は満足していた。
それまで予想していたことを間違っているとは思わなかったが、
美しく散ることが、その総て
華開くときよりも、散るときが美しくあればいい お前の名前の通りに――ミチル
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